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HAT TRICK=ハットトリック  IN GAINES WAY FARM 2014(3)

2011年11月19日・ハットトリックは、ゲインズウェイファームで行われた、種牡馬お披露目会に参加し、ゲインズウェイファーム初登場のハットトリックは、ブリーダーたちの関心を集めました。


2012年・牡・11歳になった、ハットトリックはこの年から、GAINESWAY FARM(ゲインズウェイファーム)での、新繋養生活を開始しました。

2014年・4月 GAINESWAY FARMゲインズウェイファーム)、同場の種牡馬厩舎にいる、ハットトリックは顔付きのいい馬になっていました。

HAT TRICK「ブルルルルルルルルル。」

放牧場に、放たれたハットトリックは、大きい蹄で鳴らしました。

HAT TRICK「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

HAT TRICK「ヒュヒュヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュヒュヒュヒュ~ン!」

ハットトリックは大きい雄たけびで、いななきました。

ハットトリックが、牧草をはんでいると、おならのにおいしていました。

HAT TRICK「プーーーーー!」

HAT TRICK「ヒュヒュ~ン!」

ハットトリックは、大きいフレーメンをしていななきました。

HAT TRICK「ウーーーーーーーーーー!」

HAT TRICK「ボト,ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト。」

ハットトリックは、大きい緑色のうんこを出してやりました。

ハットトリックは、尻尾をふらして、歩めていました。

HAT TRICK「カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ。」

ハットトリックは、大きい脚をあげて、尿を出しました。

HAT TRICK「バッシャーーーーーーー!」

ハットトリックは、大きいおしっこを、出してやりました。

HAT TRICK「ブルルルルルルルルル、ブルルルルルルル。」

ハットトリックは、大きい鼻息を鳴らし、ケンタッキーの空にひびいていました。

ゲインズウェイファームの種牡馬厩舎に戻った、ハットトリックは、干し草をはんだり、餌を与えては、元気よくしていました。

HAT TRICK「ムフ、ムフ、ムフ。」

HAT TRICK「ブルルルルルルル。」

HAT TRICK「フーーーーーーー!」

ハットトリックは、大きい息を吹きかけてやりました。s

サンデーサイレンスを父に、トリッキーコードを母に持つ、青鹿毛の馬、それが、ハットトリックです。

HAT TRICK「ブルルルルルルルルルルルルルルル。」
(その4へ。)
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HAT TRICK=ハットトリック  IN GAINES WAY FARM 2014(2)

サンデーサイレンスを父に、トリッキーコードを母に持つ、青鹿毛のマイラーチャピオンホース・ハットトリックは、2007年6月に、アメリカに種牡馬として輸入され、ケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクにある、WALMAC FARM LLC(ウォルマックファーム)を拠点として、シャトル種牡馬としてスタッドインし、オーストラリア・インディペンデントスタリオンズ・アルゼンチン・エルマリン牧場でも繋養生活を送り、4年間繋養されました。

2011年・牡・10歳の時、同じアメリカ・ケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクにある、お隣のGAINES WAY FARM(ゲインズウェイファーム)から、ハットトリックを、2012年~2013年の種牡馬シーズンからの繋養馬として送ってほしいという、オファーがあり、WALMAC FARM LLC(ウォルマックファーム)とハットトリック・パートナーズもそれに応じ、11月上旬・ハットトリックをGAINESWAYFARM(ゲインズウェイファーム)に売却しました。

WALMAC FARM LLC(ウォルマックファーム)を拠点に、4年間繋養馬として送ってきた、ハットトリックは、11月中旬・現在の繋養先でもある、GAINESWAY FARM(ゲインズウェイファーム)に移動し、2008年からスタッドインして以来、長く繋養された、WALMAC FARM LLC(ウォルマックファーム)を、後にしました。
(その3へ。)
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HAT TRICK=ハットトリック  IN GAINES WAY FARM 2014

イギリス語のサッカー用語で、1選手が1試合で3得点以上を上げることの意味で、2008年から、アメリカ・ケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクで種牡馬として送っており、2012年から、同じアメリカ・ケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクの、GAINES WAY FARM(ゲインズウェイファーム)でも繋養生活を送っている、青鹿毛のマイラーチャピオンホース・ハットトリック、サンデーサイレンスとトリッキーコードの仔として、2001年4月26日に生まれた、日本産の馬です。

ハットトリックは、北海道・勇払郡・追分町(現・安平町)の追分ファーム生産の青鹿毛馬で、現役時代・キャロットファームの所有馬として、美浦・清水美波(しみず よしなみ) 栗東・角居勝彦(すみい かつひこ) 両厩舎に所属、21戦8勝の成績を残し、2005年の最優秀短距離馬にも選定されるなどの活躍を見せた、市場取引馬でもあり、現役の競走馬でした。

その後・ハットトリックは、南アフリカとアメリカを半年ごとに行き来する、シャトル種牡馬として送れる様、種牡馬としてスタッドインしてほしいという、要請のオファーに応じ、関係者の協議の結果、現役引退を決め、2007年5月8日に発表されました。

サンデーサイレンスとトリッキーコードの仔で、2007年5月10日付で、競走馬登録を抹消された、ハットトリック、抹消後は、宮城県・亘理郡・山元町にある、山元トレーニングセンター(すでに閉鎖済。)にて、出国検疫検査を受けた後、5月27日・飛行機で、名残惜しい、日本を後にしました。
(その2へ。)
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UTOPIA=ユートピア 遂にマクマホン・サラトガ・サラブレッズを去り、新天地・トルコへ。

2008年から、アメリカ・ニューヨーク州・サラトガスプリングスパリスにある、Mcmahon Saratoga Thoroughbreds LLC(マクマホン・サラトガ・サラブレッズ)で、種牡馬として繋養生活を送っていて、3月1日(日本時間・3月2日)で、牡・14歳の誕生日を迎えた、栗毛のサラブレッド・UTOPIA=ユートピア(父・フォーティーナイナー・母・ドリームビジョン・2000年生まれ・ノーザンファームの生産になる、日本産馬・血統名・ドリームビジョンの2000)が、このほど、2014年~2015年の種牡馬シーズンの途中で、トルコのSerder Karmer Ozcolak氏に売却され、同年の後半~2015年~2016年の種牡馬シーズンにかけての繋養から、同国のKarabey National Stud Farmで、新繋養馬として生活することになった事が、判明しました。

ユートピアは、ユーティーの愛称で知られる、栗毛のサラブレッドで、英語で理想郷という意味を持つ、市場取引馬出身のサラブレッドです。

ユートピアは、現役時代・日本の中央競馬で31戦8勝を挙げたほか、アメリカに渡った後も3戦1勝の成績を挙げており、通算で34戦9勝の成績を残した、栗毛のサラブレッドで、馬主も、金子真人氏→金子真人ホールディングス(株)→チーム・ゴドルフィン(ゴドルフィン・レーシング社)と、3回・所有者が変わりました。

所属は、栗東・橋口弘次郎厩舎に所属しておりましたが、チーム・ゴドルフィンに売却された時に、イギリス・モールトン・バドックス・サイード・ビン・スルール厩舎に転厩しました。

2008年から、アメリカ・ニューヨーク州・サラトガスプリングスパリスの、マクマホン・サラトガ・サラブレッズで種牡馬として繋養されており、サリーズドリーム・サロピアなどの産駒を輩出する、栗毛のサラブレッドとして、ユートピアは繋養生活を送っております。

ユートピアは、一時期・アメリカ・テキサス州の、マグドネル・モット・ランチ・オブ・テキサスに移動し、テキサス州唯一の、日本産種牡馬として繋養された時期もありました。

ユートピアは、牡・14歳の栗毛のサラブレッドに成長した、今年に入って、トルコのSerder Karmer Ozcolak氏から、ユートピア(ユーティー)を、2015年度のトルコでの新繋養馬として送ってやりたいという、購入要請のオファーが、マクマホン・サラトガ・サラブレッズにあり、マクマホン・サラトガ・サラブレッズも、同場で繋養生活を送っているユートピアの今後の対応について協議した結果、2008年から種牡馬としてスタッドインし、繋養生活を送っているユートピアを手放し、売却に応じることを決めました。

8月末まで、マクマホン・サラトガ・サラブレッズでサラトガスプリングスパリスの青空を見ながら、放牧しいい脚で蹴って、走り戯れていた、栗毛のサラブレッド・ユートピアは、9月上旬に、、マクマホン・サラトガ・サラブレッズを馬運車で出発し、ケンタッキー州・レキシントンのエルメンドルフファームに移動、ここで、30日間の検疫検査を受けた後、9月中旬には、飛行機で2007年に競走馬として来て以来、長く過ごした、アメリカを後に渡航し、トルコに移動するとの事で、2008年から種牡馬として、マクマホン・サラトガ・サラブレッズで繋養生活を送ってきた、ユートピアは、新天地・トルコでの繋養生活を来年からするとの事で、同国での新たな繋養生活を期待したいと想い、願っております。
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グレイトジャーニー 牡・13歳の誕生日をフランス・ノルマンディーで迎えた馬。

サンデーサイレンスの産駒の中には、海外で種牡馬として繋養生活を送っている産駒もいますが、2001年に生まれた、グレイトジャーニー(GREAT JOURNEY=偉大なる旅・英・母・アンブロジン・牡)も、今年・牡13歳の誕生日をあげた馬の1頭です。

2001年5月10日に、アンブロジンの2001として、北海道・新冠郡・新冠町のノースヒルズマネジメント(現・ノースヒルズ)で生まれた、同場・生産所有馬のグレイトジャーニーは、現役当時・栗東・池江泰郎厩舎(すでに2月28日で同調教師の定年退職に伴い、解散した。)に預託され、42戦5勝の成績を残しており、ダービー卿チャレンジトロフィーなど重賞競走も制覇した、腕前の持ち主でしたが、2008年になり、フランス・ノルマンディー地方の、Haras De Lonnray(ロンレイファーム)から、種牡馬として繋養生活を送ってほしいという、スタッドインのオファーがノースヒルズにあり、同社がそれに応じる形となりました。

グレイトジャーニーは、2008年1月16日付で競走馬登録を抹消、その後・北海道・沙流郡・日高町・門別にある、JBBA・門別種馬場で、出国検疫検査を受けた後、同年の2月16日・飛行機で名残惜しい日本を後に渡仏しました。

2008年2月20日(日本時間・2月21日)、グレイトジャーニーは、飛行機と馬運車を使用して、長い旅路の末、繋養先のHaras De Lonnray(ロンレイファーム)に到着、着地検査を受けた後、同年の3月1日(日本時間・3月2日)から、同場で種牡馬として繋養生活を開始し、現在に至っております。

フランス・ノルマンディー地方にある、Haras De Lonnray(ロンレイファーム)。

グレイトジャーニーは、ここで繋養生活を送っております。

ロンレイファームには、グレイトジャーニーの他、2011年からは、ファイングレイン(FINE GRAIN=超微粒子・英)も繋養生活を送るようになり、現在・2頭の日本産種牡馬が繋養生活を送っております。

グレイトジャーニーの母・アンブロジンは米国産の馬で、不出走のまま日本に繁殖馬として輸入され、アンドレルノートルなどの産駒を輩出した牝馬です。

放牧場にグレイトジャーニーが来ると、手綱を放しては、走り出しました。

GREAT JOURNEY「ヒュヒュヒュ~ン!」

GREAT JOURNEY「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

GREAT JOURNEY「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

GREAT JOURNEY「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

GREAT JOURNEY「パカッ。」

GREAT JOURNEY「ブルルルルル。」

GREAT JOURNEY「ヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュ~ン!」

グレイトジャーニーは、大きい雄たけびを、ノルマンディーの空に鳴らしておりました。

2014年・5月10日(日本時間・5月11日)・グレイトジャーニーの13回目のバースデーが行われ、スタッフから、お誕生日おめでとう、グレイトジャーニーと声をかけると、グレイトジャーニーは、大きい声で「ヒュヒュヒュ~ン!」といなないては、よろこんでいました。

これまでに、マックスダイナマイトなどの産駒を輩出してきた、グレイトジャーニー、2014年~2015年の種牡馬シーズンも、現役種牡馬として繋養生活を送っている、グレイトジャーニーの更なる大物産駒の登場を期待したいと想い、願っております。

13歳の誕生日、おめでとう、グレイトジャーニー、現役種牡馬として更なる大物産駒を輩出して行ってね。
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Rosa Grance

Author:Rosa Grance
MISTRIAS BOUQUETへようこそ!

鉄道模型の話題を中心に、競走馬の話題なども紹介します。

今後とも、よろしくお願いします。

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