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ユートピア 牡・14歳の誕生日を迎える。

フォーティーナイナーと、ドリームビジョンの仔で、2008年から種牡馬として、アメリカ・ニューヨーク州・サラトガスプリングスにある、Mcmahon・Saratoga・Thorougubreds(マクマホン・サラトガ・サラブレッズ)で繋養生活を送っている、栗毛の馬・ユートピア(UTOPIA・牡・2000年生まれ)が、今日(日本時間・明日)で、14歳の誕生日を迎えました。

ユートピアは、北海道・勇払郡・早来町(現・安平町)・早来源武275番地の、ノーザンファーム生産の日本産馬で、ドリームビジョンの2000が血統名であり、ユーティーの愛称でも知られる、牡のサラブレッドです。

現役時代・日米を通じて、34戦9勝(内・31戦8勝は、日本・中央競馬に在籍していた時に、挙げたもの。)の成績を残しており、馬主は、金子真人氏でしたが、この間、金子真人ホールディングス(株)→ゴドルフィン・レーシング社(チーム・ゴドルフィン)と、計・3回、馬主名義が変わっており、所属厩舎も、栗東・橋口弘次郎厩舎に所属しておりましたが、ゴドルフィン・レーシング社にトレード後は、サイード・ビンスルール厩舎(イギリス)へ転厩し、ウエストチェスターハンデキャップで優勝するなど活躍しました。

2008年から、マクマホン・サラトガ・サラブレッズにて、種牡馬入りした、ユートピアは、サリーズドリーム・サロピアなどを輩出するなど、活躍しています、

ユートピアは、2009~2010年のシーズンの時、一時・マグモット・ランチ・オブ・テキサスに移動し、テキサス州で繋養されている馬では、唯一の日本産馬として繋養されたことがありました。

UTOPIA「ヒュヒュヒュヒュ~ン!」

エリザベス・マクマホン「ユーティー!」

UTOPIA「ヒュヒュヒュ~ン!」

マクマホン・サラトガ・サラブレッズの創業者・アン・マクマホン夫妻の娘、エリザベス・マクマホンは、ユートピアを厩舎で体をなでてやりました。

エリザベス・マクマホン氏は、ダーレーフライングスタートなどにて、教育を積んだ流転の持ち主の女で、現在も、マクマホン・サラトガ・サラブレッズを支える人の1人です。

ユートピアは鼻息を鳴らしました。

UTOPIA「ブルルルルル、ブルルルル。」

ユートピアはアメリカでかわいく、たくましい、体を持つ栗毛の馬です。

2007年5月2日(日本時間・5月3日)同・ニューヨーク市のベルモントパーク競馬場で行われた、「ウエストチェスターハンデキャップ」に、マイケル・ルッツイ騎手の騎乗で、出走しました。

この時・ユートピアは、現役の競走馬で、牡・7歳になっておりました。

チーム・ゴドルフィンに移籍後、初戦のレースで、32戦目のレースでした。

一時は、大敗するかと想った、ユートピアでしたが、マイケル・ルッツイ騎手のムチで、たたき合いの末先頭に立ちました。

「UTOPIA、 UTOPIA、UTOPIA、UTOPIA、WIN!」

UTOPIA「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ」

UTOPIA「ヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュヒュ~ン!」

ユートピアは、アメリカ・ニューヨークの空に、大きい雄たけびで、いなないてやりました。



マイケル・ルッツイ「UTOPIA。」
UTOPIA「ヒュヒュヒュ~ン。」

マイケル・ルッツイ「CONGRARETION、UTOPIA。」

UTOPIA「ヒュヒュヒュ~ン。」

ユートピアは、マイケル・ルッツイ騎手の活躍で、アメリカ競馬を制覇させたのです。

さすが。フォーティーナイナーを父に、ドリームビジョンを母に持つ、栗毛の馬、それが、ユートピアです。

UTOPIA「ヒュヒュヒュ~ン」

ユートピアのアメリカ競馬の成績も、3戦1勝と芳しくありませんでしたが、フォーティーナイナーの産駒であることから、2008年にマクマホン・サラトガ・サラブレッズで、種牡馬としてスタッドインしました。

フォーティーナイナーの後継産駒の1頭として、現在も、マクマホン・サラトガ・サラブレッズで繋養生活を送る、栗毛の馬・ユートピア 2014年~2015年の種牡馬シーズンも、元気な活躍を期待したいと想い、願っております。

ユートピア、牡・14歳の誕生日、おめでとう、米国繋養種牡馬として、更なる産駒を輩出して行ってね。
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ロサード(薔薇色の=西) 18歳になった現在も活躍する種牡馬(2)

ロサードは、たくましい男の子の馬です。

2006年まで繋養された、社台スタリオンステーション・荻伏は、すでに亡くなった、サッカーボーイ(父・ディクタス・母・ダイナサッシュ)などが繋養されていた牧場で、ロサードはここで繋養生活を送り始めました。

種牡馬厩舎にいた、ロサードは放牧に出すため、放牧場に出していました。


ロサード「ヒヒ~ン!」

ロサードはいななきと共に、走り出しました。

ロサード「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、」

ロサードは大きい脚で、大地を走っていました。

ロサード「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

ロサード「パカッ。」

ロサードは、競走馬時代、小倉記念に2回制覇したり、第48回・産経賞オールカマーでもレコードタイムで優勝するなど活躍していました。

私生活でも、ボロと呼ぶうんこを落としたり、おしっこを出しては、過ごしたロサードですが、種付けともなると、繁殖牝馬として繋養生活を送る馬に種付けをしたりしての仕事をこなしておりました。

アンヴェイルと名がついた、初年度産駒は、最初・栗東の橋口弘次郎厩舎に所属してましたが、後に美浦・大竹正博厩舎に転厩、4勝の成績を残して、現役引退後、乗馬として送り始めました。

その後・タマニューホープがロサード産駒世代で初の特別レース勝ちを収めたのです。

ロサードは、2007年から、現在の繋養先であります、同じ、北海道・新冠郡・新冠町・明和の、ビックレッドファームに移動し、2010年を最後に一旦は種牡馬生活を休止したが、その後・最新鋭産駒のクラウンロゼ(牝・3歳)の活躍もあり、再度・種牡馬リストに名を連ねており、牡・18歳になった現在も、同場で種牡馬生活を送っている、薔薇一族の1頭・ロサード(薔薇色の=西)の、今後の活躍を期待したいと想い、願っております。
(終)
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ロサード(薔薇色の=西) 18歳になった現在も活躍する種牡馬。

ロサードとは、スペイン語で、薔薇色のこと、薔薇一族の1頭として、大きく育ってほしいという願いを込めて命名された、鹿毛の男馬、それがロサードです。

ロサード「ヒヒ~ン、ブルルルル!」

北海道・勇払郡・早来町(現・安平町)の、ノーザンファームで生まれた、鹿毛の馬・ロサードは、1996年4月22日生まれの、鹿毛の馬です。

サンデーサイレンスを父に、ローザネイを母に持つロサードは、ローザネイの1996が血統名の馬で、社台レースホースの所有馬として、総額8000万円にて募集された鹿毛の馬は、2003年に現役を引退するまで、栗東・橋口弘次郎厩舎に預託され、小倉記念を2回優勝し連覇を果たすなど、46戦6勝の成績を残しました。

2003年、マイルチャンピオンシップを最後に、ロサードは現役を引退し、11月28日付で、競走馬生活に別れを告げて、引退し、抹消されました。

2004年から、北海道・浦河町にある、社台スタリオンステーション・荻伏(現在はすでに閉場済。)で、種牡馬としてスタッドインした、ロサードは、ここで新生活を送ることになりました。
(その2へ。)
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Orfever=オルフェーヴル(3)

オルフェーヴルが放牧場での放牧を終えて種牡馬厩舎に戻り、過ごしていた頃、ニョロニョロとのばしていました。


オルフェーヴル「バシャーーーーーーーーーーーー!」

オルフェーヴルは、大きいおしっこを出していました。


競走馬時代のオルフェーヴルも、検査の為、大きく出したおしっこを、すべて検査筒に入れていましたが、社台スタリオンステーション・早来に来て、放牧場でも、尿を出していました。


2014年・1月、オルフェーヴルは、又・年を重ね、牡・6歳馬になりました。

この年から種牡馬として繋養生活が始まった、オルフェーヴルは、試験種付けも始まり、種牡馬としての供用生活をはじめました。

2013年12月23日付で、惜しまれつつ競争生活に終止符を打った、オルフェーヴルは、本年から社台スタリオンステーション・早来で種牡馬としてスタッドインしたところで、今後・社台スタリオンステーション・早来で行われる、社台スタリオンパレード 2014で、オルフェーヴルは種牡馬としてのお披露目をすることになっており、オルフェーヴルを父に持つ、初年度産駒馬は、2017年に競走馬デビューすることになっている様で、本年から種牡馬入りした、オルフェーヴルの、更なる活躍を期待したいと想い、願っております。
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Orfever=オルフェーヴル(2)

ノーザンファーム・天栄を後にした、オルフェーヴル(Orfever=フランス語で、金細工師という意味。)は、輸送中・青森県内で渋滞に巻き込んでしまったものの、無事に青森港に到着し、ここから、フェリーで津軽海峡を渡り、函館港に渡りました。

函館港に接岸したフェリーを降りた、オルフェーヴルは、さらに長い道のりを走り、12月25日・北海道・勇払郡・安平町・早来源武275番地の、社台スタリオンステーション・早来に到着しました。

オルフェーヴルは、馬運車を降りて、社台スタリオンステーション・早来の種牡馬厩舎に入厩し、疲れを癒しておりました。

翌・26日、オルフェーヴルは、社台スタリオンステーション・早来の放牧場に体つくりの為の放牧に連れて行き、手綱をはなしては、たわむれ始めました。

オルフェーヴル「パカッ、パカッ。」

オルフェーヴル「ヒヒ~ン、ヒヒ~ン!」

オルフェーヴルは、大きい雄たけびで、雪が積もった、放牧場を飛び跳ねては、いなないていました。


オルフェーヴルが、幼年時代、オリエンタルアートの2008という血統名で、社台コーポレーション・白老の放牧場で過ごしていた時、ペニスがにょろにょろと出ていて、今にもおしっこを出してやりそうな体になったこともあった、かわいい男馬も、種牡馬として送るのは初経験になるが、サンデーレーシングの所有馬になっている事もあり、生活には慣れています。

フォワ賞(フランス)には、2012・2013年と、2回優勝していて、連覇を果たしておりますが、この時・オルフェーヴルは、小林智厩舎にいて、フランスでの競走馬生活を送りました。

2011年の年度代表馬・最優秀3歳上牡馬にも、オルフェーヴルは、選出されました。


社台スタリオンステーション・早来の種牡馬厩舎に入った、オルフェーヴルは、ホームブレッドらしい顔つきで見せておりました。

オルフェーヴル「ブルルルルル。」

オルフェーヴル「ヒヒ~ン!」

オルフェーヴルは、大きい雄たけびを鳴らしました。

オルフェーヴルの兄・ドリームジャーニーは、現在も種牡馬として繋養生活を送っており、多くの産駒を輩出していることは知られております。

オルフェーヴルの父・ステイゴールドも2002年から種牡馬として繋養生活を送っており、現在も供用生活中です。

オルフェーヴル「ウーーーーー!」

オルフェーヴル「ボト、ボト、ボト、ボト。」

オルフェーヴルは、大きいうんこを出してやりました。

オルフェーヴルは、ステイゴールドとオリエンタルアートの仔、奇跡の栗毛の馬、それがオルフェーヴルです。

オルフェーヴル「ヒヒ~ン、ブルルルル!」
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プロフィール

Rosa Grance

Author:Rosa Grance
MISTRIAS BOUQUETへようこそ!

鉄道模型の話題を中心に、競走馬の話題なども紹介します。

今後とも、よろしくお願いします。

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